|
■勝連城イメージ図 |
|
勝連城は14世紀ごろの築城と言われていますが、詳しい年代と築城主は定かではありません。
城主である阿麻和利は武力に力を入れる一方、対外貿易も盛んに行い、勝連の地を大いに繁栄させたと伝えられています。これは「勝連文化」とも言われています。 |
|
 |
■遠方より |
|
標高99m、丘陵上に構築された城で、下から眺めると異様な高さを感じます。
海を見渡す山城に、すっくと立った城壁の迫力には驚かされます。 |
|

■正門 |
|
かなりの急斜面を上りきったところに正門はあります。
幅は2m程と小規模ですが、この付近から唐草様の浮き掘りのついたアーチ門の一部が発見されており、装飾を施した豪壮なアーチ門であった可能性があると指摘されています。 |
|

■四の郭の風景1 |
|
4段連郭式の曲輪となっており、総面積は12000平方メートルほどです。
石積みや近辺の調査で、何度か増築されている事が確認されています。
この城がある場所は、石器時代の終わり頃から集落のあった場所と判明。貴重な遺構だと評価されているようです。 |
|

■四の郭の風景2 |
|
写真は四の郭から三の郭へ上がる階段。
実はステップ部が斜面になっているのです。 |
|

■四の郭から一郭を望む |
|
城壁は高さ10m程で、ほぼ垂直に近い斜面をなしています。
一の郭からは瓦が出土しており、瓦葺の建物があったことがわかっています。多くのグスクの中で瓦葺の建物があったのは、現在のところ勝連城のほかには首里城、浦添城だけです。 |
|

■一の郭から四の郭を望む |
|
城壁の複雑な線形は、地形を遵守したため生成されたもの。これは沖縄のグスクに見られる一般的な特徴です。 |
|

■ニの郭の風景 |
|
ニの郭を上から見たところ。四角い部分は舎殿跡。その規模の大きさが伺えます。 |
|

■城壁の風景 |
|
四の郭の城壁。堅牢な石積みです。
海の向こうは中城城跡。(ちょっと見ずらいですが)最後の城主、阿麻和利はここから中城城没落の策を練ったのでしょうね、、、。 |
|

■眺望 |
|
目下に広がる太平洋の大海原。
武将が眺めた海は今も昔も変わりません。 |
|